ストップの分類

クワガタムシが大好きな山梨大学の池田清彦先生によると、「判る」とは「分ける」ことなんだそうです。理解の基本はまず分類。というわけで、とても収拾がつかないくらいたくさんある、オルガンのパイプを分類してみましょう。すなわちストップの名称を分類するわけです。といっても、このストップというやつ、時代・地域・制作者によって様々な流儀がありまして、オルガン製作者の10人に聞けば、10人とも少しずつ仰ることが違うという具合のくせ者であります。ここでは、N.Dufourcqの分類(「書籍集」を参照)に依拠することしますが、筆者個人の趣味により、完全にDufourcq通りではありません。:-)

分類の範疇としては、次のものを考えます:

 A) 発音の原理

 B) 笛の管の太さ(正確には長さと管径の比)

 C) 記譜音が鳴るかその他の音か

 D) 鍵盤1つ押すと何本の笛が鳴るか

この他に

 E) その笛がどのように使われるか(独奏用かそうでないか)

を考える場合もあります。さらに、一見もっとも肝心そうな

 F) 管の形状(太さ以外の)

が、あります。もちろんこれらの範疇は独立ではなく、一つのストップには上記範疇のそれぞれが属性として組み合わされているわけです。ではそれぞれについて見ていきましょう。


A) 発音の原理:

これは要するに、前項でのべた「フルー管」と「リード管」のことです。復習してください。:-)


B) 管の太さ:

オルガンの笛は、「太さ」によって3種類に分けられることになっています。太さといっても、上にも書いたように、実は「管の長さと径の比」を指します。管が長くなれば当然管径も太くなるのですが、長さと径の比は、笛の種類によってだいたい決まっています。これを業界用語ではscaleとかMensurとかtaileとかよぶことになっています。決まっている、といっても、管の長さが半分になれば太さも半分というような単純なものではなく、いろいろな要素を勘案して定めた「関数」のようなものを使って長さと太さの比を決定しているようです。


たいていは長10度(1オクターブと長3度)音が高くなると太さが半分といった感じに作るらしいのですが、メンズール/スケールに関する「理論」は、中世から19世紀に至るまで実にいろいろありまして、まあ素人にはちょっと伺いしれない深遠なものがあるみたいです。

ややこしい話はともかく、ここで問題にするのは、管径が長さに比べて「相対的に」太いか細いかあるいは中ぐらいかということです。太い場合を「スケールが広い」、細い場合を「狭い」と言います。これは管を作るときに丸める金属板の幅に由来している表現らしいです。このような分け方は、主にフルー管の分類に適用されます。一般的に、広いスケールの笛は倍音成分が少なく柔らかい暗めの音を出し、狭いスケールの笛は倍音成分の多い繊細な音を出します。


C) 記譜音が鳴るかその他の音か

倍音の項でも説明しましたが、オルガンには、記譜どおりの音(記譜音)ではない音を出す笛が組み込まれていることがあります。記譜音に対してどのような音高の音が出るのかは、普通「フィート(律)」という表示法を使います。

イタリアあるいは英米系の楽器では、「記譜音からの音程」を直接表示することもあります。例えば2.1/3"を12のように。

フィート律表示で8"以外のものを倍音ストップと呼びます。このうち、オクターブでないもの(32",16",4",2",1"以外のもの)は、特にミューテーション"mutation stop","Aliquotregister","jeu de mutation"と呼ばれることがあります。なんでこのような管があるかというと、基音に対して倍音の笛を重ねることによって音色を変えることができるからです。ある倍音管を重ねてその倍音を強調すると、独特の音色になって旋律線を際だたせることができます。変奏曲などでは特に効果的です。
一方、基音に対して、オクターブと5度の笛(「ド」に対して上方のオクターブの「ド」と「ソ」の音)を順次重ねていくことによって、厚みのある輝かしい音色を得ることができます。これを「コーラス」"chorus","Chor","choeur"と呼びます。コーラスの音色はオルガンにとって大変重要です。

世の人々が「パイプオルガン」と聞いて思い出す音色は、たいていこのコーラスのものです。バッハのニ短調プレリュード・フーガの冒頭の「ラソラー」ってやつもそうですね。(正確には「プリンシパルのコーラス」。)

D) 鍵盤1つ押すと何本の笛が鳴るか

上記のコーラスを構成する笛のうち、うんと高い方の音を出す笛(2"より上)は、単独で使うことはまずないので、予め組み合わせておいて一つのストップとして使います。これをミクスチュア"mixture","Mixtur"などとよびます。ミクスチュアは普通3本から5本の笛が一度に鳴るように作られています。一度に鳴る笛の数を「列」という単位で表します。オルガンの仕様表では列数をローマ数字で表すことが多いようです。


E) そのストップがどのように使われるか(独奏用かそうでないか)

上に説明したことにも関係していますが、ストップの中には、主にコーラスに混ぜて使うものと、単独で用いて独自の音色で旋律を際だたせるものがあります。リード管の笛は、もっぱら使い方で分類されることが多いようです。近代のオルガンでは、楽器が管弦楽を「模倣」することを音響理念としたため、オーケストラの管楽器に似た音色を持つ独奏用のストップが数多く作られました。


F)管の形状(太さ以外の)

管の形状は、もちろん音色に影響します。が、気柱そのものを振動体とするフルー管では、それほど変な形状のものは作りません。フルー管の場合、重要なのは管の先が開いている(開管)か、閉じている(閉管)かということです。閉管の場合、開管の半分の長さで同じ高さの音が出るということは前にも書きましたが、偶数次の倍音が出なくなるため音色も暗くなります。あんまり暗いので、閉じたふたの先に細い管をつけて「半閉管」としたものもあり、若干偶数次倍音が残って甘い音色になります。管全体をまっすぐ作るか円錐形につくるかというのも倍音構成に影響します。円錐といっても先が細い逆円錐ですが、まっすぐ作る場合より倍音成分が豊かになります。

リコーダも同様ですね。ルネッサンス期のリコーダは内部が円筒形で、基音がゆたかな、しっくりした音で合奏向きですが、バロック期になると内部が先細りの逆円錐形になって、倍音に富んだくっきりした音になり、独奏にたえるようになります。

笛の例を下の写真に示します。上側の2本は木管です。一番下のものが「中くらいの太さ」の管です。

flue pipes photo

図9 フルー管の形状
J.C.Goode「オルガン演奏ハンドブック」より転載


一方、リード管は実に様々な形の「共鳴管」を備えています。共鳴する管の形状によって音色が微妙に変化するので、古来建造家の工夫の見せ所でした。本当にいろいろな形状のものがあります。たとえば下の図をご覧ください。

reed pipes photo

図10 リード管の形状
J.C.Goode「オルガン演奏ハンドブック」より転載


なにしろ工夫のしどころなので、同じ名前の笛でも製作者によって全然形状がちがったりします。下の図は、「ヴォクス・フマナ」" Vox humana"(「人の声」の意)という名前の笛の断面が、製作家によって如何に違うか、ということを示しています。

reed pipes photo

図11 Vox humana管の断面の製作家による差異
平島達司 「オルガンの歴史とその原理」より転載



さて、上記のような範疇をもちいて、実際にストップをいくつかのグループに「分類」してみましょう。こんな具合です。

フルー管
 A. プリンツィパル "Prinzipal" 系 中スケール
 B. ブルドン "Bourdon" 系 広スケール/ コーラス用
 C. フルート "Floete" 系 広スケール/ 独奏用
 D. ストリング系 狭スケール
リード管
 E. トランペット "Trompete" 系 コーラス用(長い円錐管)
 F. クルムホルン "Krummhorn" 系 ソロ用(長い円筒管)
 G. レガール "Regal" 系 ソロ用(短い管)

これらの「系」のなかには下位の範疇がまだ含まれています。たとえば、プリンツィパル系には基音のストップの他に倍音ストップやミクスチュアも含まれています。

実はこの倍音ストップやミクスチュアを別に分けないところが、Dufourcqの分類と違うところです。

さて、次項ではこれらの範疇をもちいて、実際にストップの分類をしてみましょう。目標は、オルガンの仕様表(たとえばここの下段にあるもの)を読んで、その意味が判り、なおかつ設計者の意図がある程度察しがつくようになることです。めんどうくさいのですが、がんばりましょう。:-)


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