当たり前のことですが、パイプオルガンと言うからにはパイプが音を出すわけです。空気を吹き込むとパイプは発音します。その仕組みには2種類あります:「縦笛方式」と「ハーモニカ方式」です。縦笛方式のパイプを「フルー管」"flue pipe","Lippenpfeife","la tuyau a bouche"、ハーモニカ方式の管を「リード管」"reed pipe","Zungenpfeife","la tuyau a anche"などと呼びます。発音機構の断面を図2に示しました。(図中の各部の名称は、国や地域などでいろいろ異なるようです。まああまり気にしないでください。)
フルー管の「縦笛方式」の「縦笛」とは、小学校の鼓笛隊でおなじみの、あの縦笛です。どんな構造だったか、思い出してみましょう。
この「縦笛」、ルネッサンス以来の由緒ある楽器「リコーダ recorder」あるいは「ブロックフレーテ Blockfloete」が復興されて、今世紀の中頃にドイツで学校教育に大々的に導入されたものです。あんなに音程の定まりにくい楽器を子供に与えても、音感を滅茶苦茶にする弊害の方が大きいと思うのですが...。
縦笛に吹き込まれた空気は、狭い四角い穴を通り、流れがそろった状態で歌口部分 へ噴き出し、反対側にあるエッジに衝突して、笛の外側と内側の二手に分かれます。この時、エッジの両側に周期的な渦が発生します。(カルマンKarman渦と呼ばれます。)これは、強い風に吹かれた電信柱の電線が音を出すのと同じ現象です。この渦の振動が、笛の内部の気柱に共鳴して音になります。共鳴する音の波長は笛の管の長さで決まるので、指で穴を閉じたり開いたりすることにより音程を変えることができます。以上が縦笛の発音の仕組みです。
1999.9.28追記
...と、こう書いたのですが、どうもこれは1960年代までの理論らしいです。最近の理論および実験では、発音のメカニズムは以下のようです:
上記の狭い四角い穴から吹き出した、高速の細い帯状の空気の流れは、周囲の空気との、いわば「摩擦」に起因する乱流成分などによって、噴き出し口から離れるにつれて蛇行したりします。この蛇行が反対側のエッジに当たると、エッジで「ちぎられて」、管の内側(と外側)に瞬間的な圧力もしくは流量の変動を送り込みます。これの変動が管の中を進行して、管の終端で反射して戻ってきます。戻ってきた変動は、もともとの蛇行と相互作用して、乱流的な蛇行に含まれる特定の周波数成分を強めるように働きます。すると蛇行が作り出す変動も特定の周波数成分と調和する性質を強めるので、いよいよ効率よく蛇行にはたらきかける、というような正のフィードバックが働いて、ごく短い時間に、管の長さなどで決まる特定周波数の振動のみが残るんだそうです。と書いてきても、なんだかむずかしくて自分でもよくわかりません。まあ、そういうことだそうです。:-) 追記ここまで
フルー管は、ちょうど縦笛の上下を倒立させて、息の代わりに「風」を吹き入れ、指穴で管の長さを変える代わりに予め決まった長さの管をたくさんそろえておいたものだと言えます。そう言われると、オルガンの前面に並んで見える沢山のパイプはなるほど逆立ちした縦笛に似ていませんか。下の方が細くなっているけど。
リード管の「ハーモニカ方式」の方は、空気の渦の変わりに小さな金属片(リード)を振動させます。といってもハーモニカの内部機構は縦笛ほどよく「見える」わけではないですね。あまり良いたとえではないかもしれません。
図2を見てください。パイプの下部から入った空気は、狭い「喉」を通って上部の管へ向かいますが、喉を通過する際にすぐ近くに置かれたリードを振動させます。振動数はリードの材質(たいていは真鍮)、厚さ、長さで決まります。上部の管はリードの振動の高次倍音を除いて基音のみを共鳴させる働きをしていますが、この部分の形状が音色に大きく影響します。リード管のこの発音機構は、クラリネットやサキソフォンとほぼ同じです。実はハーモニカもそうなんです。判りにくくてすみません。ハーモニカは(それにアコーディオンやリードオルガンも)、いわば「パイプの無いリード管」(なんだそりゃ)が並んだものです。
パイプの材料は金属か木です。金属は、錫と鉛の合金、いわゆる「はんだ」です。パイプに使う合金は、錫20-80%程度、錫が多いほど輝かしく鋭い音色になり、ほぼ純粋な錫のものもバロック時代には作られました。外観も銀のようで見事ですが、錫は高価だったそうです。大型のパイプには銅や亜鉛を使うこともあります。ある種のパイプには真鍮も使われました。錫51%の合金はNaturgussといって、表面にきれいな模様ができるので、前面のパイプに使われることがあります。
木製パイプのもっとも一般的な材質はドイツ語でEicheという種類の樹木で、日本語では「なら」とか「樫」に相当するそうです。そのほかにはトウヒ、マホガニー、松、梨などが使われます。木製のパイプは、暗く暖かみのある音がします。また、木製のパイプはたいてい、断面が四角い羊羹の箱のような形をしています。
リコーダも様々な材質で作られます: 黒檀、紫檀、梨、つげ、楓など。不思議に「見た目」と音色の傾向が一致するのはなぜでしょうか。:-)
そのほかにも古い文献には:「金、銀、真鍮、銅、雪花石膏(alabaster!)、ガラス、粘土、紙」が使われたなどと書いてあるそうですし、象牙を使うと書いてある文献もあるそうです。(W.Summner "The Organ" p276)
さて、普通のオルガンではパイプの80-90%はフルー管です。だからオルガンのパイプをよく「笛」と呼びます。そう、オルガンは笛の集合体なのです。そしてその集合体は、倍音の所で述べたような数的調和の原理に基づく見事な秩序を内包しています。そのさらなるお話また後ほど。
私はオルガンはひかないリコーダ吹きなのですが、オルガニストは10本の指と2本の足を使って一人であんなに沢山の音を出せるのに、同じ発音機構のリコーダは8本の指で一つしか音が出せません。悔しい気もしますが、その分、自分の「息」pneumaを直接使って音に細かな表情を付け、音楽とともに呼吸することができます。どっちがいいかって? さあ。:-)
なお、大きなオルガンには、パイプ以外の手段で音を出す仕組みがついていることがあります。小さな鐘や鉄琴、水笛や太鼓などがあります。またごく最近の楽器では、電子回路で合成した音をパイプ音の代わりに使うものもあります。
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