オルガンという楽器の構成原理を理解するには、「倍音」に関する知識が不可欠です。
「音」が空気やその他の物体の「振動」であることはご存じでしょう。振動の「速さ」を私たち人間は音の「高さ」として感知します。
もっともこれを「高低」にあてはめるのは必ずしも人間にとって普遍的なことではないようです。たとえば古代ギリシャでは「鋭い-鈍い」という概念で表現したとのことです。ちなみにフランス語の「アクセント」が今でも「鋭い」「重い」という分類になっているのは、この名残りなのでしょうか。
振動の速さは「振動数」で表す約束になっています。普通は1秒間に何回振動するか指標を使って、[Hz](ヘルツ)などという単位で表現します。日本放送協会の時報音は4つの信号音で構成されていますが、最初の3つが440Hz、最後の長い音が880Hzです。この時報の音は、最後の長い音の方が「高く」聴こえます;すなわち、どちらもハ長調の「ラ」の音(音名はA)ですが、高さはちょうど1オクターブだけ、最後の長い音の方が高い音です。つまり人間は、振動数が2倍になると、ちょうど1オクターブ高くなったように聴こえるのです。これは私たち人間の聴覚の特性であり、物理現象ではありません。
さて、ある音(基音)に対し、その整数倍の振動数を持つ音を「倍音」と名付けます。振動数が2倍、3倍...の倍音を、それぞれ第二次倍音、第三次倍音...などと呼びます。各次数の倍音は、私たちの耳には、たとえば図1のように聴こえます。
この図からわかるように、いわゆる「協和音」を構成する音程は、振動数が比較的簡単な整数比をとっています:
音の関係 | 振動数比 | 音程 |
---|---|---|
ド−ド(オクターブ) | 1:2 | 完全8度 |
ド−ソ | 2:3 | 完全5度 |
ソ−ド | 3:4 | 完全4度 |
ド−ミ | 4:5 | 長3度 |
ミ−ソ | 5:6 | 短3度 |
この単純にして驚くべき関係は重要なので、ぜひ頭に入れておいてください。
ピアノなど、現代の「音程が定まっている楽器」は、いわゆる「等分平均律」で調律されており、このような単純な振動数比からややずれた音階になっています。音律の話はそれだけで別に1冊の本がかけるくらい大変ややこしいので、ここでは触れないことにしますが、このような簡単な整数比で表せる振動数の音から構成される音階を、普通「純正調音律」などといいます。
一般に人間の知覚は上に述べたように、倍数(かけ算)の関係を足し算の関係に変換する特性があるようです。すなわち、ド−ミ−ソの音程を私たちは全音・全音・半音・全音を順に「加えた」ものと理解していますが、物理現象としては振動数の比が4:5:6となっているわけです。
音の高さは、振動数の他に「波長」で表すこともできます。波長は、字の通り波ひとつ分の「長さ」です。空気中の音は1秒間に大体340m強進むので、340mを振動数で割れば、大体の波長が計算できます。上の図1の最低音Cは、現在の調律ではほぼ66Hzくらいですから、波長は大体5.15mになります。先端が開いている管(開管)の場合、この音を出すパイプの長さは波長の半分から「開口端補正」を差し引いたものでほぼ2.4m、伝統的な単位で8フィートになります。このことから、記譜通りの音が出る管を8フィート管(8'と書きます)と呼ぶ約束になっています。なお、先端にふたをした閉管は開管の1/2の長さで同じ音が出ます。
振動数と波長は反比例するので、管が短いほど高い音がでます。たとえば、8'の管に対し、記譜の1オクターブ上の音(第二次倍音)が出る管は、表1からわかるように、振動数が2倍になるので、管の長さは1/2になります。この管は、8'の1/2すなわち4'と呼ばれます。このように記譜音ではなくその倍音がでる管が、大きなオルガンにはいくつも備えられています。これらの管は、表2に示すように、やはり管の「長さ」で音高を表すことになっています。この「表示のための長さ」を「フィート律」などと呼びます。
音高 | フィート律 | 記譜音がドの場合の階名 |
---|---|---|
記譜音の2オクターブ下 | 32' | ド |
記譜音の1オクターブ下 | 16' | ド |
記譜音 | 8' | ド |
記譜音の1オクターブ上 | 4' | ド |
記譜音の1オクターブと完全5度上 | 2+2/3'または3' | ソ |
記譜音の2オクターブ上 | 2' | ド |
記譜音の2オクターブと長3度上 | 1+3/5' | ミ |
記譜音の2オクターブと完全5度上 | 1+1/3' | ソ |
記譜音の3オクターブ上 | 1' | ド |
これも覚えておくと便利です。
なぜ、このような管が作られるのでしょうか。実は、世の中に存在するほとんどの音は、楽器の音も含め、基本となる音の他にいくつかの倍音を含んでいます。どの次数の倍音がどれだけ含まれているか、によって、「音色」が決まります。
私たちの耳はこれらの倍音を、あるときは合成したまま、またあるときは分離して聴くことができます。これも聴覚の驚くべき特性と言えましょう。オルガンはこのような人間の聴覚の特性を楽器の構成原理として利用しています。すなわち、基音に、いくつかの倍音を適宜重ねることによって、さまざまな音色を得ることができるわけです。このような音色構成は、オルガンという楽器の大きな特徴であり、魅力でもあります。
上記のような倍音に関する理論的・実験的な考察は、音階・音律の理論とともに、西洋では非常に古くから発達していました;古代ギリシャには一応の理論が既にあり、中世では音の協和秩序が「宇宙の調和」の写像とみなされました。オルガンもまた古代から発達した楽器であるため、これらの「理論」の直接の影響を受けたのでしょう。
[ホーム] | [目次] | [次へ] |